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Diary : Sole / Lune / Terra / Caelum
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1: 剣/持/刀/也(2/4/3/4)
2026-02-02 10:29:18

「はじめに」

僕の1stエッセイであるところの「虚/空/経/典」は僕としては中々に満足のいく出来で、後の事は配信やその他の活動によって各々の思うように補完をして欲しいと思う一方で、エンタメコンテンツとしての剣/持/刀/也に文章という表現の場が出来たという見方も出来る訳で(KA/DO/KA/WAさんとのご縁があるかは分からないが)その表現の場をもう少し深めてみようと思い立ち筆、いやスマホを握った次第である。
なので、基本的には僕の言葉ではあるものの多少なりともエッセイに寄せた口語体ではない僕をお見せしていこう。散文的に思想をただ連ねるだけになるかもしれないが、それも整えられた形にして出版する前段階として楽しんでいただけるなら僕としてそれ以上に望むものはなかったりする。
そして最後に注釈を付け加えておくと、僕はこういったサイトの利用に慣れていないので不手際があるかもしれないが、そこには目を瞑っていただこうと思う。

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11: 剣/持/刀/也(2/4/3/4)
2026-03-12 19:08:32

「Vtuberからみる死生観」

急に重たいタイトルに驚いた方もいるかもしれないが、そう構えずいつもと同じテンションで読んで欲しい。1stエッセイで述べたように僕は配/信外、つまりは僕に初めて触れる人間が知る事が難しい媒体では新規のコンテンツを産まないようにしている。しかしこれはエッセイになり損ねたモノであると同時に、君たち虚/空/教の信/徒への信頼感からこの文を書くに至ったのである。

僕はバ/ー/チャ/ルに生きており、そして永遠に16歳である。それはある種の不死身であると僕は呼んでいるものの年齢が蓄積しないだけで経験は蓄積するのだ。つまりバ/ー/チャ/ルという次元で僕は僕の人生を歩んでいる訳だが、生というものにはいつだって終わりがつきまとう。その終わりを強く意識するかしないか、させるかさせないかは人によるところだと思うが、僕はというと終わりを見せない美学の方を選んだ。これに関してはどう解釈してもらっても構わないが、確実に言えるのは僕が趣味でV/tu/berをしているなんて宣っているのもここが所以だ。僕の人生を届けたいなんて言おうものなら、僕は死ぬまでパソコンの画面に向き合って、つまりは虚/空と向き合って話さなくちゃいけなくなる。そんな人生は嫌だ!!!!……まぁ、そんな具合だ。
では、ひとつ配/信/者という枠を取っ払ってただの男子高校生としての剣/持/刀/也の死生観はどうなのかというと“隣人”この一言に収まる。は?剣/持暗くね?とか思っただろうか。いや、これには理由があるのだ。死というものは、人によっては救いと捉えるだろうし、人によっては脅威となりうる。そして遺された人間にとっては少なからずの試練となる。
かの有名な哲学者であるニーチェは「神は死んだ」と言った。それと同じで死も向き合い続けていると、死そのものの価値が死ぬのだ。特別視出来なくなる。救いというにはあまりにも死ぬまでの工程が煩雑過ぎるし、脅威というには身近過ぎるし、試練というには強大過ぎる。そんな思想から僕は、隣人として付き合っている。良い顔をする時もある、牙を向く時もある、意識しない時もあるしする時もある、時には大きな影響を受けたりもする。そんな隣人のような死と、僕はいつだって生きていきたいのである。
今夜は久しぶりという事で、少し重ためでしたが、いかがでしたでしょうか?これを読んでくれているそこの君の死生観も知りたいところです。それでは良/い/夜/を。

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10: 剣/持/刀/也(2/4/3/4)
2026-02-16 13:59:38

「甘味と思考のコラージュ」

突然だがこれを読んでいるあなたはプリン事件を知っているだろうか?そう、かの皇女リ/ゼ/・/ヘ/ル/エ/ス/タさんによってもたらされた僕の情報が、あらぬ形で粒立ってしまいギャップ萌えだとか何だとかいうものの餌食にされてしまったという話だ。この件についての弁明は木/1/0/!/ろ/ふ/ま/お/塾内でしているので詳しくはそちらをご参照いただきたいのだが、僕はこれにより甘味が好きだというのを長らく表明出来ずにいた。今なら男性が甘味が好きなくらいで事騒ぐなと言える時代になったし、重ねて今の僕なら言えるのだが、当時はどうにもそれを言える人間性、もっというとキャラクター性ではなかったのだ。
この日記も記念すべき10ページ目という事で改めて宣言しておこう。声高らかに。僕は甘いものが好きです!!!!!……はい、ご清聴ありがとうございました。
何故不意にこんな話を持ち出したかというと、先日クッキーを食べている最中にこの件が頭に上ったからだ。この10ページに及ぶ綴っている内容も、1stエッセイもそうなのだが、僕はモノを書く時は殊更これを書こうなんて大仰に思いつくのではなく、僕の思考回路の言いたい部分を抽出して出来上がった核に色んな思考をくっつけて肉付けしてからお出しできる形に整えていくという方式をとっている。それはさながら思考のコラージュとでも言うべきで、本来の僕の思考様式を活用しているものの切ったり貼ったりして完成しているのだ。そうして出来上がった文は、リコンソリデーション(記憶の再固定化)にとても役立つ。思考から始まり、新たな思考が加わり、切り貼り、つまりは書く段階で思い出す事によって再活性化し、そして書き上げた文章を眺める事で再固定される。実にいいプロセスだと思う。これを読んでくれている信徒諸君は、そのような媒体を持っているだろうか。人によっては音楽を作る事や、料理をする事、はたまた友人に話したりなんかもあるだろう。そういったアウトプット性の強い趣味は案外頭の中を掃除するのに役立っているのかもしれません。
とまぁ、ここまでそれっぽい事を綴っていますが、結論としてはクッキーが美味しかったという事です。
これを読んでくれてるスタッフさん、そして同業者、共演者の方々は是非僕に甘味を差し入れしてください。
それではい/い/夜/をー。

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9: 剣/持/刀/也(2/4/3/4)
2026-02-07 08:02:13

「虚/空/教教徒観察日誌Level.1」

僕は所謂“リ/ス/ナ/ーとの対話”を重んじるタイプの配信者ではなく、日々ク/ソ/マ/ロを捌き、お悩み相談を斬るという形式をとっているが、今日はそんなエンタメ性の強い部分から一歩後ろに下がって虚/空/教教徒である君たちにフォーカスした話をしようと思う。
マ/シュ/マ/ロを例に挙げると分かりやすいが、実際配信で触れているクソと名高いそれら、そして数ある暴言なんかを抜いた時に残る大多数を占めるのは実は丁寧にしたためられた応援のメッセージだったりする。そしてこの一見なんら変哲もない応援の言葉が実は少し面白いモノだったりするのだ。それは内容が面白いなどではなく(失礼な話だ)丁寧“過ぎる”という意味で。
これはとある収録の日に楽屋で他のラ/イ/バ/ー達と話していた時に気付いた事なのだが、どうやら大多数が貰う応援メッセージというのは、要約すると「ここが面白くて大好き!これからも頑張ってね!」といった具合らしい。それが僕だと「剣/持/刀/也さんは私にとっての〇〇でして、〇〇なところを観ると〇〇のような感情が湧き……割愛」のような有り様だ。
まぁ、教祖を名乗っている以上ある種正解なのだとは思うが、それにしたって随分と俯瞰的な物の見方をしている人間が多いと感じる。
前々項で僕はメタ認知が得意なんて話をしたけど、リ/ス/ナ/ーは配信者を映す鏡っていうのはこんなところからきているんだろうかなどと思ったりもする。

そして僕はこうも思うのだ。
こんな丁寧に書いてくれてるそこの君〜〜!!!ありがとうございます!!!しかしこの長文であまりに綺麗な文章は配信には載せません!!!と———。
いやね、本当に有難いと思ってますよ。思ってますけど、もっと気軽なんじゃないのか。ファンレターって。いや、僕が教祖だからそうなってんだけどさ。
そんな事を独りごちつつね、ある意味重たいページが続いた後の少しの“なり損ねたモノ”成分になったんじゃないかと思います。それではい/い/夜/を/〜!

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8: 剣/持/刀/也(2/4/3/4)
2026-02-07 04:46:10

「R/O/F/-/M/A/OスタッフAとの対談」

剣/持(以下、剣)「いやぁね、虚/空/経/典では色んなV/tu/berとの対談を載せたから、こういう変化球的なのも良いんじゃないかと思ったんですよ。今日はよろしくお願いします」
スタッフA(以下、A)「表に出るのは慣れてないですけど、よろしくお願いします」
剣「我々、日々カッ/コ/い/い/オ/ト/ナを目指すというコンテンツを発信してるじゃないですか」
A「はい、やらせていただいてます」
剣「あのコンテンツね、面白くなかった時って誰の責任ですか?」
A「えっ、いやぁ(笑)……いきなり突っ込みますね」
剣「対談ですからね、しかもスタッフとの。突っ込むでしょ」
A「僕らの責任、と言いたいところなんですけど、皆さんが責任を持ってやってくれているのを知っているんで、逆にそれを言い切ってしまうと面白かった時も僕らのおかげみたいになるじゃないですか。それをしたくないっていうのがありますね」
剣「思ったより真面目な回答きた。百点満点の答えじゃないですか」
A「演者がいて成り立つコンテンツなんでね」
剣「それは逆説的にも言えますけどね。スタッフさんが居てくれるから僕らが自由に、いや、電流に関しては僕らの意思じゃねぇけどさ(笑)まぁ、やれてるじゃないですか」
A「そんな風に言ってくださると冥利に尽きますね」
剣「いや、こんな風に言ってますけどね。僕らがやりたいって言ったらどこまでもついてきてくれるんですよ、本当」
A「そりゃあ、そういう組織ですよ、AN/YC/OL/ORは」
剣「おい、会社に媚びるな(笑)じゃあ、それを踏まえて聞くんですけど、日々の企画会議でもっとこんな案出して欲しいとかってあります?割と脱線しがちじゃないですか」
A「本当にどうでもいい事、たまに話してますよね(笑)」
剣「そうそう(笑)あ、じゃあさっきの質問の前に、一番どうでもよかった企画会議とかってあります?」
A「これは記憶に新しいんですけど、不/破さんが、急に“この企画全員森に住んでるって設定にしません?”って言ってきて」
剣「うわ、あったわ。急に世界観ぶっ込んできたやつね」
A「そこで全員黙ってる中、自然派じゃないっすか、野生味もあるしとか言い出して」
剣「説明しても全員理解が追いつかなかったんですよね」
A「そうなんですよ(笑)結局5分くらい森とはって話してたんじゃないですかね」
剣「いや〜、あれは虚無だった」
A「結局その設定は全部無かったことに……」
剣「せっかく普段会議ではあんまり発言しないふ/わっ/ちが発言したのに誰も収拾つけられなかった(笑)」
A「いやぁ、あれは心残りですね」
剣「はいはい(笑)で、心残りって事で、さっきの質問に戻るんですけど、もっとこんな案出して欲しいとかってあります?」
A「基本的には皆さんがやりたい事をベースに僕らも考えていくんで、やりたい事を話してくださったらそれでいいんですけど、V/tu/berだからこその魅力的な企画案みたいなのは欲しいですね」
剣「というと?」
A「これはあくまで一例ですけど皆さんにシャッフルで入れ替わってもらって、企画をやっていく中で視聴者さんに誰が誰と入れ替わってるのか当てていただく、とか」
剣「あー!良いですね!いや、待て。それこそ僕がふ/わっ/ちと入れ替わったりしたら、画面の向こうにむかって投げキスとかしだしそう、いやだめだだめだ!絶対阻止するぞ!」
A「そうなりそうですね(笑)まぁ、あくまで一例ですよ」
剣「なるほどね。まぁ、でもせっかくバ/ー/チャ/ルに生きてるんで、そういう強みは活かしたいですね」
A「ですね。そういう企画案待ってます(笑)」
剣「はい。日々向き合っていきたいですね、バ/ー/チャ/ルにも。カッ/コ/い/い/オ/ト/ナにも」
A「はい、目指していきましょう」

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7: 剣/持/刀/也(2/4/3/4)
2026-02-07 03:41:17

「1/fのゆらぎ」

1/fのゆらぎという言葉を知っているだろうか?主に蝋燭の火なんかに使われる言葉で、規則性と不規則性が混ざり合っている「心地良いゆらぎ」の事だが、これを前項で述べた僕の未完成の美学と絡めて少し深掘りしてみようと思う。
何故このトピックについて掘り下げようと思ったのかというと先日知り合いから「剣/持さんにとって未完成な人が完成したら飽きるんですか?」と聞かれた事に起因する。これに対して僕は完成なんてモノはそもそもないんじゃないのか、と返した。人間が“完成する”というのはそれぞれ一意見があるところだと感じるが、僕にとっての完成とはなんなのか。それは「自分の心のゆらぎを1/fのように眺められる事」だと思う。それはメタ認知的に自分の心を観測するという意味ではなく、ゆらぎそのものを自然現象的に受け取る且つ楽しめるという意味だ。
そういう人間は、1stエッセイで述べたようなネガティブな事柄を経験として捉えやすい心理状態にあると思う。そしてこれは完成はないというところに帰着する。ゆらぎのない人間は(そんな人が本当に存在しているかは分からないが)側から見れば、一見完成しているようだが、この状態を僕はネガティブな経験に弱いと捉える。つまるところ僕が言いたいのは完成していない事、未完である事を受領するという行為にひとつ人間としての完成が存在しているという事だ。
僕は兎角、メタ認知にはめっぽう強く、自分は今はこんな風に見られているんだ、捉えられているんだ、という部分を特に労もせずに思考出来る。しかしそれは前述の通り“楽しむ”という視点に少し欠けているのだ。
「あぁ、自分は今弱っているな。それでも楽しいな」そんな思考回路がぽっと、それこそ蝋燭の火のように浮かんだ時、それはきっと完成している。しかしそれには飽きが来ない。なぜなら体外的には未完成だから。
僕は僕のメタ認知的強みを活かしつつも、このひとつの完成形を目指してこれからもエンターテイナー剣/持/刀/也として走り抜けていきたいと思う。
教祖として君臨していない僕の人間らしさみたいなものを一つ開示出来たところで、今日はこの辺りで終わりにしよう。それではい/い/夜/を。

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6: 剣/持/刀/也(2/4/3/4)
2026-02-05 05:01:29

「本棚(になる予定のもの)」

再三触れてはいますけど、僕はこういう場に慣れていないのでこれが必要かどうかは分からないものの、ないよりはあった方が良いだろうという事で、一応ページの確保をしておきます。
僕のやる気と根気と眠気が味方をしてくれた場合にこの実験書ごと整地しつつ、本棚ページも充実させていく予定です。
一応注意書きでも触れてはいますが、僕のこの“2ndエッセイになり損ねたモノ”についてはお好きに本棚に入れたり外したりしてください。

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5: 剣/持/刀/也(2/4/3/4)
2026-02-05 04:29:54

「剣/持/刀/也のマイブーム」

何ですか、鳩が豆鉄砲を食ったような顔ですね。
なり損ねたモノといったからにはこういった僕の私的な事も書きます。
まぁ、いささか重ためのページが続いていたのもありますし、箸休めだとでも思ってくださいよ。

さて、僕のマイブームですけど、ハッ/シュ/タ/グ丁寧な暮らしになり過ぎない程度に丁寧に凝ってみる、です。
具体的に言うと最近は飲み物に凝ってみようという試みをしています。それこそこういったものを書いたり思考の整理をする時なんかのお供をいつものペットボトルの炭酸飲料ではなく、ティーポットで茶葉を抽出した紅茶なんかにしています。
僕は存外カフェイン耐性がないらしく、ふ/わっ/ちから貰ったエナジードリンクを迂闊に午後の収/録/中なんかに飲んだりするとその日はなかなか寝付けなかったりするので、所謂ノンカフェインのものを好んでいるのもあって、フレーバーなんかの凝り甲斐があるんですよね。
さて、冒頭で述べた丁寧な暮らしになり過ぎないようにというのは、自意識の話ではあるんですが、僕という人間は中々丁度良いところで止めるというのが割と苦手な質で、凝ろうと思えばいくらでも凝る事が出来るんですよ。
それこそ趣味でV/tu/berをしていると宣言している人間で且つ公/式/番/組に出ているヤツなんて片手で数えられる程度なんじゃないかな。だからこそ生活に関わる部分で凝り出すと途端に面倒になってやめてしまうんですよね。それを僕が本気出したらもう少し凝れるという思いがある程度でやめておくって事です。そうすると今まで面倒になってやめてきたものが案外続けられたりするんですよね。
そしてそれは逆説的にも言えて、僕は怠惰なので(詳しくは1stエッセイを参照してください)僕が凝らないでおこうと思ったらとことん手を抜けてしまうんですよ。でも手を抜いた先にあるものは大体が効率を重視した作業なので、これにロマンはないわけです。つまりそれはそれでやめてしまう。
剣/持もロマンがないとか言うんだと思いました?僕は存外ロマンは追求したいんですよ。
大多数の人間が手間をかけたものを過剰評価しがちだという意見には頷けるが、過剰評価だっていいじゃないかというのが僕のスタンスです。でもその過剰評価が少しの面倒で得られるはずだった喜びすらも消し去ってしまうほど肥大するのは“続ける”という一点においては邪魔だったりするんですよね。
だからこそ態々“ゆるく”する必要はないけど、程々で止めておくというのが今のところの僕の結論です。
皆様は何か最近のマイブームはありますか?もしあるならそれは程々にしておいた方が案外続けられるのかもしれないですね。というところで今夜は終わりにしておきましょう。い/い/夜/を。

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4: 剣/持/刀/也(2/4/3/4)
2026-02-05 00:08:36

「見られているという意識について」

何度も宣伝のように(事実宣伝ではある)挙げていて申し訳ないが1stエッセイの「エ/ン/タ/メ/病/患/者/、/マ/シュ/マ/ロ/を/喰/ら/う」という章の葛/葉とのV/R施設での一端でも綴ったように、見られているという意識は配信者である以上職業病として根付いてしまっていると思う。
本書を実験書と前項で述べはしたが、出版物でないというだけで、僕は人に見られる前提でこれを書いている。つまり日記の体をとってはいるものの、実際のところの日記とは異なる様相を呈しているのだ。

僕は人に求められている形を認識してそれに沿った演出で自分を見せるのが得意な方だ。僕はよくそれをパッケージング化と呼んでいる。
パッケージング化で必要なのは、自分として在りたい形やなりたい形とは別の、自分を研磨していった先に在る形や他人が受け取りやすい形を齟齬なく認識する事だと思う。前者は単なる理想だが、後者は地続きの理想とでも呼ぶべきだろうな。
僕は剣/持/刀/也というエンタメコンテンツを演出しているという話を1stエッセイで綴った通り、僕が生み出すコンテンツは僕が「面白くしよう」と思いそれに沿って演出を加えて世の中に提供している。
それは自分を“受け取りやすい”形にする為、つまりは整地する為に、僕の本来の理想とは違う地続きで手が伸ばせる位置に手を伸ばそうとしている行為だ。断じて言っておくがこれは媚びではない。僕の理想からズレてはいるが僕はズレている自分を自分と認識して好きで僕を、剣/持/刀/也をやっているのだから、それで良いのだ。
しかしこのパッケージング化が得意というのは案外、人とコミュニケーションをとる上で僕に制約を課してくる場合がある。
それは相手がパッケージング化した剣/持/刀/也をそのまま僕だと思っている場合だ。こういう場合(自分で言うのも傲慢だが)博識で情緒的でなく理論派で言語化が得意だと思われる。端的に言うと「頭がいい」と。そしてそれはある種の話しにくさを生むらしい。僕と話す時は理路整然としなければ、という誤解。しかし僕は1stエッセイで綴った通り未完のものが好きだ。そして人間の愚かさを愛している。ロリが好きなのもここに所以しているくらい、つまりは僕の性癖に根付くくらいには未完成であるのを好ましいと思っているのに、僕に対峙する人間は完成しようとしてしまう。それが邪魔だなと思う一方で、僕はそういう風に剣/持/刀/也を演出しているのだからそれが正解なのだという思いもあるのだ。
そうなってくると、ありのままで良いですよなんて言う訳にはいかず、有り体に言うともどかしさを感じる時もある。しかし僕はまぁ、こういう人間なので、剣/持/刀/也は情緒的で案外人情に厚く感覚で物事を捉えている場合も多分にあるなんて言い切れはしない。
じゃあ何でこの話をしたのかと言うと、1stエッセイの時と同じような話にはなってしまうが、それよりももっと突っ込んで君自身の話として捉えられる文章で締めようと思う。つまり、そこの虚/空/教の熱心な信徒である君、マ/シュ/マ/ロなりリ/プ/ラ/イで剣/持/刀/也と関わる時、面白くしよう、ましてや整地した文章にしようなんて思わないでください、というところに尽きる。
未完成で良いじゃないか。特にマ/シュ/マ/ロに関しては取り上げないものの方が多い上に、仮に取り上げたとしてもあなたのそれは僕が演出して面白くするんだから。もっと剣/持/刀/也を信頼しろ。V/tu/berにとっては暗い側面を語られがちなマ/シュ/マ/ロをいまだに続けられているんだぞ。
さて、虚/空/教の信徒である君たちに説法らしいものを浴びせられたので今日はこんなところで終わりにしようと思う。それではい/い/夜/を。

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3: 剣/持/刀/也(2/4/3/4)
2026-02-02 15:11:34

「本を買う」

1stエッセイという名の経/典を無事に出版させていただき、僕というコンテンツを文を通しても表現出来る立場になって改めて「本を買う」事へのハードルを感じる。
僕は幸いにも自分を表現出来る場の選択肢が多い方だと思う。ソロ配信に始まりコラボでの配信、動画や番組、ライブ、SNSや雑誌のインタビューだってそうだ。そんな風にたくさんの選択肢の中から文という選択肢をその時は選んだ人間と、最初から文という土俵のみで戦っている人間がいるなんて中々残酷な話だと思う。まぁ、そんな事を言い出すと僕だって趣味でV/tu/berをしていると宣言しているし、そんな事はクリエイティブな職業では往々にしてある事だとも思うのだが、それにしたってである。というのも“普段”本を読まない人間にとっては“普段”本を書かない人間の文が読まれやすいから、というモノだ。普段イヤホンで配信のアーカイブを垂れ流し聴きながら、書店を横目に通り過ぎるそこのお前の事だ、剣/持/刀/也が書いたっていうなら読んでやるかと1stエッセイを手にとった虚/空/教の忠実な信者ことお前の事だぞ!!!
いやね、僕の1stエッセイの書き始めの章なんて「バ/ー/チャ/ル/最/深/部/へ/よ/う/こ/そ」なんでそれこそ僕を知らない人が最初に手に取るコンテンツとしてはあまりに情報が鋭角過ぎるので、それは良いんですけど……ふと、もし僕が僕じゃなかったら一体どんな風に僕は文を書き連ねてそれを販売しようと思うんだろうと思った訳ですよ。そこを思案すると僕は、世の中に溢れている一冊一冊が手に取るべき書籍だと思いはするものの、実際に手に取れる数には限りがあるじゃないですか。その場合、これを読んでくれているあなたはどこを基準点にして手に取りますか?
これは僕個人の話ですけど、知り合いが「僕が勧めてくれたから」と本を買ってくれて、しかもそれを楽しんでくれたんですよね。そういう場合、それが本に限らずとも僕はその人に合うであろうものを勧めるようにしてはいますけど、それでもそういう経験って中々嬉しいものだなと思った訳です。僕は剣/持/刀/也というエンタメコンテンツを発信している一方で、僕というエンタメコンテンツが取っ掛かりになって新たな道が開けるその一瞬みたいなものにも意義を感じてるんですよ。
つまるところ何が言いたいかというと、僕の活動意義みたいなものにたち帰って考えた時に、そんな一端で在れる事が尊いなと思ったんですよね。
だからこそ、この散文的である種の実験書を開いてくれたあなたに少しでもきっかけを与えられたらと思います。
そして本を買うというハードルの高さに辟易しながらも、そのハードルが剣/持/刀/也という名によって少しでも下がっているのは事実なので、本を書かない側として文を綴っていけたらなというのがこの書の始まりです。
なので、前述した通りこれはある種の実験書ですし、口語体ではない僕をお見せしようなんて大仰に宣いましたけど、そうではない対談なんかも載せていきたい所存ですね。はい、一旦はこんなところで僕の本書に対するお気持ちを締め括らせていただこうと思います。それでは、い/い/夜/を。

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2: 剣/持/刀/也(2/4/3/4)
2026-02-02 10:44:01

「注意書き」

先んじて注釈をつけた通りこういった場に慣れていないなりに、他の日記帳なんかを参考に注意書きが必要そうな事を一旦並べてみようと思う。僕のやる気と根気が向いた時にでもCSSやHTMLで最終的には形を整えるにしても、とりあえずの意向を示しておく。

1PL1PC/半完虚実混同/乱入×/閲覧は自己責任で/ネットスラング有/3L表現(あるかもしれないし、ないかもしれない)/本棚には自由に入れたり外したりしてください/交流に関してはどういったものか理解していないので、一旦身を任せてみます。積極的に交流しにはいかず半年ROMれに添う形はみせつつ、来るもの拒まずなスタンスです。感想なり暴言なりはいつでもお待ちしてますよ。

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