祝!六周年!
バーチャルユーチューバー生活七年目に足を突っ込んだわけですが今後もゆるくインターネットに浸かって生きていこうと思います。
Inverted Angelおもしろかったわね〜プレイヤーの選択で因果律が定まりつつも徐々に紐解かれていく彼女や主人公の正体の回収が気持ちいいゲームだった。残念ながら妹ではなかったらしいけど…ああいう理知的なキャラクターは魅力的だよね。思考実験の話だったり哲学的な言い回しだったり、俺が彼女と話したいわ…たどり着いた因果律の収束点では主人公と夢追の乖離が激しくてかなりしんどかったし。浮気は大罪だよ、主人公。死んで詫びな。
配信中に取っていたメモを見返してたんだけど、彼女の話していた「好意は有無じゃなくて大小」って言葉何度見てもいいな〜って思うわ。好意はそこになければないわけで、論点として大事なのはその思いの大きさらしい。彼女の言い分としてはもしお互いに好意があったとしても、お互いの好意の大きさが大事だからあるかないかは関係ない。元々好意を抱かれていても、それがより大きくなるなら手を尽くせるってことなんだと思う。確かに好意なんてあればあるほどいいに決まってる。注いだ愛が返ってくればくるほど嬉しいし、同じだけの愛を注がれたい。そんなの誰だってそうでしょ?無償の愛ほど恐ろしいものなんてないってよく言うけど、そもそも無償の愛なんて存在しないと思うんだよね。愛は与えるもの、とも言うけど、与えて満足できる人間ってどれだけいるの?誰だって見返りが欲しいでしょ。見返りって何も有形のものを指しているわけではなくて、例えば同じだけの言葉だとか、態度だとか、愛とか。そういう意識しないと消えてしまうようなものだとしても、欲しがった時点でそれは無償ではないと僕は思う。そもそも愛ってなんだろうね。与えるのも欲しがるのも、等しく“愛”なのに、愛の優劣は誰が決めているんだろう。清く正しく、無限に注ぎ続けるだけの愛なんて、ただの自己満足だよ。それに愛は欲とイコールで結べるから、結局のところ絵に描いたような愛は夢物語ってわけ。
分かっていても捨てきれないから、僕も人間なんだなぁと思う。欲は生き物らしさだから。